コレクション 町田市立国際版画美術館

テーベのメムノン神殿内部(『エジプト誌』より)

テーベのメムノン神殿内部(『エジプト誌』より)

テーベのメムノン神殿内部(『エジプト誌』より)

1809-28年刊
銅版(エッチング[多色刷り]、手彩色) 501 x 372 mm

説明

壁や天井には繊細な色彩で念入りな装飾がほどこされています。部屋の隅には僧侶でしょうか、一人の人物が目を閉じ、顎に手をあてて瞑想しています。ここには、数千年の遙かな時を超えて空想で復元された古代エジプトの神殿の内部が描かれているのです。『エジプト誌』と呼ばれる書物の中の一葉です。

「紙で作った記念碑」と呼びたくなる荘重にして壮大なプロジェクト、それが『エジプト誌』です。1798年、フランスはイギリスに対する戦略の一環としてエジプト遠征に乗り出します。軍を率いたのは弱冠29歳のボナパルト、後の皇帝ナポレオンでした。彼は軍事面だけでなく、エジプトの歴史や自然、文化にも大きな関心を抱き、学術調査団も送り込みました。また大勢の画家を随伴させ、記録としてスケッチを大量に作成させました。この調査は考古学、博物学、民俗、地誌など多岐にわたり、ロゼッタ・ストーンに代表されるような考古学上の画期的な発見もありました。ところがフランスはイギリス艦隊に撃破され退却を余儀なくされます。重要な発掘物もイギリスの所有するところとなり、フランスには膨大な調査資料だけが残されました。ナポレオンは1802年、その資料をもとに本書を編纂するよう命じました。最初の巻が発行されたのが1809年、その後ナポレオンは失脚、1821年に世を去りますが、事業は政府が引き継ぎ、1823年にようやく完結しました。最初の巻が出てから既に20年近い歳月が流れ去っていました。まさに国家的大事業だったのです。894葉もの銅版画と解説文からなり、その数だけでも膨大ですが、最も大きい図版は1辺が1mを超える大判でした。また、版画のうち40~50葉は非常に手のかかる多色刷りで、手彩色が追加されているものもありました。この作品は中でもとりわけ美しい色彩と入念な描写で神秘的な空間を再現しています。

※現在は展示していません。

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